注射器

私は元医者です。年は36歳です。
今はジャーナリストとしてフリーランスで活動をしています。
医者を辞めたきっかけは、あるトラブルからでした。
その患者は難病をかかえていて、私たちもあらゆる手を尽くしたのですが亡くなってしまいました。
しかしその家族が私に医療ミスの疑いをかけ告発し、しかしこちらに落ち度は無かったため、逆に名誉毀損で訴えたところ、逆恨みをした患者の家族が、私の恋人を殺してしまったのです。
私は恨みました。
犯人を、その犯人の家族である私の患者を。
そんな気持ちを持ってしまったので、もう医者を続ける事はできなくなりました。


しかし幸いながら、人の為、世の中の為になることがしたいという気持ちは持ち続ける事ができました。
常に正義のため、行動をしています。


ある日、とある事件を調査しているとき、人を自殺に追い込むような詐欺をしている男と知り合いになりました。彼は巧妙に自分が犯人だとわからないように、善良な市民を追いつめていくのです。
自殺をしてしまった人には家族がいました。事件を追ううちに、その家族の悲しみを知りました。そんなことを黙って見過ごす訳にはいきません。
その男を大きな迷路のある公園に呼び出し、制裁を与えました。
私は元医者ですので、注射器の扱いには慣れています。
その男の体内に毒となる薬品を注入し、殺しました。遺体は山の中へ捨てました。
これで、その男に騙され追いつめられ自殺してしまった人の家族や、これから騙されたかもしれない随分多くの人が助かる筈です。
私はとても良いことをしました。


また別の日、子供を虐待する母親が大きな迷路のある公園を通りかかったとき捕まえ、制裁を与えました。
その親のことも、調査をしていて知りました。
まだ幼い子供にとても言葉にはできないような残酷な仕打ちをする母親でした。
迷路の奥で、母親の体に注射器で毒を注入しました。遺体は海の中へ捨てました。
小さな子供の成長のため、とても良いことをしましたが、現場をその子供に見られてしまいました。
その子供が泣いてわめくので、記憶を消す薬を注射し、家へ帰しました。
私はとても良いことをしています。


この間、路頭にたむろし、人様の通行に迷惑をかけている若者に制裁を与えました。
大きな迷路のある公園で、若者が一人になった隙に捕まえ、注射器で毒を仕込みました。今回の毒は、死ぬまでに時間がかかり、その間に人様への懺悔をする時間がたっぷりあります。
死体は林の中へ捨てました。


最近、私を追いつめる人間を殺しました。
その人間は私の正しい行いを間違っていると言い、警察に自主をするようにすすめるのです。
私はとても人の為、世の中の為になることをしているのに、そんな私がなぜ自主をしなければいけないのでしょう。さっぱり意味がわかりません。
大きな迷路のある公園で別の悪人に制裁を与えているときやってきたので、同じ毒をその人間に注射し殺しました。
死体は土の中へ捨てました。
しかし、その人間を殺してから、正しい行いをする私の周りに、何故か警察がつきまとうようになったのです。
私服ですが、ジャーナリストの私には彼らが警官だとわかります。
私の事表彰でもするために、様子を見ているのでしょうか。それとも、私を追いつめる人間が二度と現れないように守ってくれているのでしょうか。


昨日、すごい頭痛がして目覚めました。ひどい悪夢もみました。
自分で自分を責めるような夢です。
そこで私は、ある可能性に気づきました。
もしかして私は間違っているのか?いや、正しい行いなのに、間違っているだなんて、おかしい。
急に正しい事をしている自信がなくなってきて、目の前の現実が音をたてて崩れて行くような感覚がしました。
頭を壁に打ち付け、それでも私の自信を取り戻す事はできません。
しょうがないので部屋にあった体を鍛える為に使っていたダンベルを壁に思い切り投げたら、少しすっきりしました。


今日、また大きな迷路のある公園で人を殺しました。
なんだか気持ちが気持ちが落ち着かず、近くを通りかかった人間に毒を注射しました。
こいつはどんな悪い事をしてきたんだろう。私に殺されるからには悪いことをしたに違いない。
私に殺されるからには。
私が殺す人間が悪いのだ。
私は正義なのだから。
私は…。
大きな公園の迷路の影にいます。
遠くから、警官の足音が聞こえます。私はとても耳がいいのです。正義を全うするため、色々な能力を与えられているのだと思います。
胸がドキドキといい、落ち着きません。なんだか違和感や胸騒ぎを感じ、呼吸が苦しいです。
私は…。
私は正しい行いをしているのです。
警官の足音が迷路の壁の向い側から聞こえます。突き当たりの角を曲がれば私と対面することになります。
私は注射器を握りしめます。
「動くな!」
警官が銃を私につきつけます。
なぜ私に向って?ああ、きっと、まだこの足下に転がっている悪人が生きていると思っているのでしょう。
「大丈夫ですよ。もう、私が悪人を片付けておきました」
おかしいです。
銃口がまだこちらを向いたままです。とてもイライラします。血液が顔に集まってくるのを感じます。
「動いたら撃つぞ!」
この警官は私を撃とうとしているのですね。つまり、この警官は悪人である。
私は人のため、正義のためにしか行動していません。
なので、多くの人を救うために、私は今からこの警官を殺します。


おわり


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ランチボックス

なんとなく聞けずにいたら、私たちの進路は別々になっていて、私は東京の大学、土屋君は関西の大学、ミキちゃんは福岡の専門学校に進学する。
三人の関係は、微妙だ。


私が土屋君に目をつけて仲良くなり、噂はされども付き合っているわけではなく、ミキちゃんとは同じ中学からの友達のような知り合いのような、でも私にとって常に気になる存在でいて、彼女に対して執着心があり、恋愛感情のようなものをもっていることを自覚してる。ミキちゃんは私を通じて土屋君とも話すようになった。
ミキちゃんはモテるけど全部断ってて、親しく話す男子は土屋君だけ。
それで特に土屋君が他の男子から妬まれたりしないのは、土屋君がなんというか、かわいらしいからだと思う。
私たちはたいてい三人で昼休みを過ごした。
今日は高校最後の午後の授業がある日。
昼休み、教室棟を出て、音楽室や理科室のある別棟の美術室の前の廊下に集まる。
「榎本さん、部活の後輩に呼び出されたとかで遅れて来るって」
土屋君は私たちを名字で呼ぶ。
「ふーん。また告白かな。いいな〜モテモテ。」
ミキちゃんは私には告白された報告をしてこない。いつも噂や別の人から知らされる。他の人には喋ってるのに、言ってくれない。だから友達という自信を無くす。
悔しいような、憎いような、でも嫌いきれない。
染めてない黒髪、真っ黒な目、赤い唇、白い肌、一見するとすごく親しみやすい外見なのに人を選ぶ態度、辛辣さ、自信、私が欲しい物を全部持ってる。
「あのさ、榎本さんって、いっつも昼ご飯購買で買って来るじゃん」
「そうだね」
「今日、お昼最後だから榎本さんに僕らのお弁当わけたげたいな〜って、タッパー持って来たんだ」
「え?」
「二人でつめて、榎本さんに食べてもらう。いい?」
「まあ…、いいけど。」
土屋君もミキちゃんのこと好きなのかなあ…。それも知らない。
土屋君がタッパーのふたを空ける。
「どれ入れようかな」
土屋君が迷ってる隙に、にんじんとたまねぎの甘煮を詰めた。いつも入ってて飽きてるおかず。
少し待ってると、ほうれん草のごま和えが加わった。
「仕切りとかないの?味混ざるよ」
「あ…そうだよね、忘れてた」
「…ま、いっか」
二切れある甘い味付けの卵焼きの一切れ入れる。
唐揚げが入る。
好物のひき肉のれんこん挟み揚げを入れた。最後くらい、いいか。
しばらく待ってもタッパーにおかずが増えない。
見上げると土屋君が涙ぐんでた。
「ど、どうしたの?」
「なんか、今日で最後だと思うと…」
ポロリと涙がこぼれた。
「まだ卒業式まで登校日あるじゃん。春休み入ってもしばらくは地元にいるし」
「でも、高校で、ここで、三人でお昼食べるの最後じゃん…」
「あ…」
土屋君、三人で昼休み過ごすの、嫌じゃなかったんだ。
強引に誘ってそのままずるずる一緒に食べてたからわからなかった。少しうれしい。
涙をぼろぼろ流しながら、タッパーにそぼろと海苔の乗ったご飯をガツガツ入れて、ほとんど埋めてしまった。
私は彩りにブロッコリーを乗っける。
「できた。」
「おいしそうじゃん」
土屋君と共同作業したの、初めてだ。ミキちゃんもやったことないはず。
それにこんな青春っぽいこと、明日からの思い出になっていいな。


少しして、ミキちゃんがやってきた。手には購買部で買ったパンがぶらさがってる。
「榎本さん、二人でお弁当作った。今日三人でお弁当食べるの最後だし、みんなでご飯食べよう」
「二人で作ったの?」
「僕がタッパー持って来てさっき詰めた」
「ふうん。…ありがとう」
ミキちゃんは少しひきつった顔をして受け取った。


おわり


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みのりが退院してすぐのころ、史郎君が消えた。


学校でそのことを知って、すぐに携帯に電話しても繋がらないし、心当たりを探してもいない。
結局卒業まで戻ってこなくて、みんなと一緒に史郎君のことを忘れた。
数年後、ゲイを公言したミュージシャンとしてテレビのドキュメンタリーで見かけるまでは。
「中学の頃、親とも学校とも馴染めなくて、友達にも自分がゲイだとか言えないのが騙してるみたいでだんだんうまく喋れなくなってって、そんでこのまま誰にも理解してもらえないだろうと思うと怖くなって家出した。
年齢いつわってバイトして暮らして、そんときの気持ちとか歌にして、バンド組んで…」
史郎君が苦しんでるなんて全然見抜けなかった。
だから、史郎君を一人にしてしまったんだ。ごめんね。


史郎君が載ってる雑誌に、アラタの名前も載ってる。
アラタは東京で服飾の専門学校に入り、有名スタイリストに弟子入りした数年後独立。今じゃカルチャー誌でコラム連載をもつくらいの人気者だ。
その二人が今度対談するらしい。
その雑誌は絶対買おう。
そしてみのりと一緒に読むんだ。
今度、二人目の子供が産まれる。僕と、みのりの子。
そう、僕たちは結婚した。でもその経緯を語るのはやめておく。
僕が主人公の話なんて普通すぎて全然おもしろくないから。


おわり

私は今からお腹の子を堕ろす。


彼氏だと思ってた人に連れてかれた部屋で、数人の男にレイプされた。
だから、父親が誰かわからない。
そんなこと親には絶対言いたく無くて黙ってたらアラタが疑われてしまった。
妊娠検査薬が私の部屋のゴミ箱から見つかって、問いただされて、すごく家が荒れた。父親に殴られたり母親に泣かれたり。おばあちゃんに知られたのも苦しかった。「いい子の私」像が壊れたのがやるせなかった。
家族みんなで病院に行くとき、追いかけて来たアラタとカイに会ったら、思わず抱きついてしまった。子供の頃の自分が戻って来たみたいで懐かしくなった。そんで、もうあの頃の自分と今の自分は違うんだと思ってすごく悲しくなって、子供の頃よりもずっと本気で泣いた。


数日前、彼氏だった人から電話があった。
もしかして心配とかお詫びとか、自分も友達に騙されてたとかそういうこと言ってくれるのかな、と思って電話に出た。
『お前、こないだんときの中出しで、妊娠したんだってな。ごめんね〜つわり大丈夫?』
『…』
『でさ、中絶すんだろ。当然。親から金出た?あ、親に言ってないよな?つーか被害届とか出すなよ。警察とかにまんこ見られんだぞ。恥ずかしいのお前だからな、』
『…っ』
『なに?泣いてんの?いーじゃん、気持ち良かったろ?ま、それはどうでもいーわ。そうそ、んで、中絶するための金。その金俺等にくんね?俺等が種付けしたんだから種付け料っつーの?中絶はさ、自分で腹殴ったりめちゃくちゃ走ったりしたらできるらしいから。したら金浮くじゃん。節約節約。』
『…ひどぃ…』
『はぁ?ひどいとか意味わかんね、別に普通だろ。何言ってんの?つーかずっと黙ってるし、感じわる。愛想ねーよなお前。ま、いいや。また連絡するわ。お金よろしくね〜』
こんな人を一瞬でもかっこいいとか好きとか思った自分のことが信じられない。私、全然愛されてなかった。すっごい馬鹿。
一日上の空で過ごした後、怒りがふつふつ湧いて来て、中絶を決意した。
絶対あんなやつに金を渡すもんか。


病室の、向かいのベッドには20代くらいの女の人が入院してる。
お見舞いに来る弟が見るからにニューハーフで、気遣ってくれて喋るようになった。もうこれきり会わないだろうと思って、身の上に起こった事も話した。
「現実って、ひどいですね」
「うちらの母も、姉を妊娠したのは、みのりちゃんと同じ理由だったの。でも私たちを産んでくれたの。」
色んな人がいる…。




学校を退学になって、フリースクールに通う事になった。
そこには色んな境遇の人がいて、私はそこでは普通だった。
アラタやカイたちとは時々会う。
アラタは私のこと好きだったみたいだけど、だんだんと、友達にしかなれなくなっていった。

携帯があろうがなかろうが、中学生の情報網は広くて早い。


「お前知ってる?友達から聞いたんだけどさ〜、市内の女子中行ったみのりっていたじゃん。あいつ、彼氏の友達に集団レイプされて妊娠しちゃったらしいぜ。マジ引くわ〜、超ビッチだよな」
朝、教室の一角から聞こえて来たうわさ話。
寝不足で少し腫れた目をしたアラタの耳にも届く距離。ガッと机を蹴る音がして、ざわつく教室、ボコッて音がしてガタガタ机や椅子の倒れる音がした。
「おいっやめっやめろよ、おいっマジ苦し…」
少年サッカーの元エースのキック力で黙って相手を蹴り続ける。
相手がゲホゲホ言ってる。
騒然とした教室の出入り口で女子達が先生を呼びに行く姿を横目で見て、やっと思考回路が動いた。
「落ち着けって!」
腕を掴み相手から引き離し、そのまま廊下へひっぱっていった。
「あんな話、嘘だよ。それにあいつ蹴ってもなんにもならない」
みのりんとこ、行く」
そう言って走り出したので追いかけた。まだ登校してくる生徒に逆行して走る。
僕はアラタより足だけは早い。もちろん逃げ足も。


通学路に川がある。梅雨の気配がするいつもの土手を走って、走って、踏切を越えてずっと走っていると、前方に数人の人の姿が見えた。
近づくとそれはみのり家の人々で、おじさん、おばさん、弟の理人、おばあちゃんまでいる。みのりは少し遅れて歩いている。
「みのり!!」
アラタが叫ぶとみんなが振り返る。
家族が気まずい顔をする。特におじさんの顔が強ばる。
「アラタ、カイ…」
みのりが僕たち二人にぶつかるように抱きついて来た。
「あのね、あの、私ね、…ひどいことされて…」
「うん、…聞いたよ」
僕が答える。
「多分、聞いたのより、ひどくて…」
「…」
しばらく僕らの間で泣いて、落ち着いた頃つぶやいた。
「今から、お腹の子、堕ろしにいくの…」
みのりがなにより一番辛いんだ。
僕たちはなにもできない。どんな手を使ってでも、救ってやりたいのに。


一緒に病院に行き、手続きをすませ、入院の準備があるということで待合室でおじさんと僕とアラタの三人になった。
「正直、口を割らないもんだから、お腹の子の父親はアラタ君だと思っていた。でも今日、みのりが君たちに抱きついているのを見て違うと確信した。疑ってすまない」
「…まだ、そのほうが良かったです。僕にとっては」
「君たち、知ってるのか?相手のこと」
「いえ…」
深いため息のあと、
「…そうか。みのりのやつ、絶対口を割らないんだ。変なところ頑固で…。こんなこと君たちの前で言うのもあれだが、娘をこんなことにした相手の男をどうにかしてやりたいよ…」
「はい…」
僕より、多分アラタよりも強い意思なんだと思う。

最近、みのりの家が騒がしい。


家の近くを通りかかると、おじさんの怒鳴り声、みのりの叫び声、食器の割れる音。
ある日学校から帰るとおばさんが僕の家に来て泣いていた。
「悪いけどアラタくん家でご飯食べて来てくれる。おばさんには言ってあるから。」
母さんに閉め出された。何が起こっているんだろう。
アラタのアパートに行くと、おばさんが迎えてくれた。いつもより疲れた顔をしている。
「おばさんちょっと出るから、アラタと留守番お願いね。夕飯は用意しといたから、温めて食べて…。」
「あ、はい。ありがとうございます」
「…カイくん、今日、アラタのこと、よろしくね」
「あ、はい…」
リビングに本人が見当たらなかったので子供部屋に入ると、すごい顔をしたアラタが勉強机に座っていた。目がうつろで怖い。
「ごはん、食べる?」
お腹は空いていたので声をかけてみる。
「…みのりが…」
僕の質問は空回りした。
床に座って、次の言葉を待つ。
10分たった頃、ようやくアラタは口を開いた。
「みのり…妊娠したんだって」
「えっ!?」
頭が真っ白。
「俺が、みのりのこと好きなの知ってたから、…今日、おかんに、相手が俺かって疑われて…だから、さっき、さっき知った」
泣いていたみのりのお母さん、疲れた顔をしたアラタのお母さん、今頃、その話がされてるんだ…。
「みのりは、相手が誰か言わないの」
あの高校生の彼氏…なのかな。中学生で妊娠って、まさか…。思わないよ、そんなの。
「絶対口割らないんだって。」
あの彼氏を守りたいんだろうか?
「俺、みのりに彼氏がいるの、知ってた。直接聞いたから。そいつなのかな?」
「さあ…。」
ズボンをつかむアラタの指が力が入りすぎて白くなってる。
「俺、くやしいよ。なんでそんな大事にしないようなヤツと付き合うんだよ、バカだよあいつ…」
「うん…」
「俺が…俺がもっと…」
「うん…」
アラタの目からボロボロ涙があふれてくる。
僕は全く実感がわかず、空気に飲み込まれた。


いつもより遅い時間にご飯を食べ、その日はアラタの家に泊まった。
ショックが大きすぎて疲れたのかすぐに眠れてしまった。


朝、昨日戻らなかったアラタのお母さんが帰って来て、朝食を用意してくれた。
「カイくん、アラタから聞いた?みのりちゃんのこと…。」
アラタは洗面所に行っている。
「はい…、その」
「…学校のみんなには黙っておいてね。カイくんがみんなにある事無い事吹き込むような子じゃないのはわかってるけど、デリケートな問題だから、みのりちゃんを知ってる子も多いし」
「はい。」
ああ、なんだか、大事だなあ。非常事態だ。
教科書を揃えに一旦家に帰ってから学校に行った。

5

ベホマをかけてくれる僧侶は僕のパーティにはいない。
「今、彼氏と一緒なの。…アラタいるなら出よっかな」
「い、一緒なんだ。今」
「うん。超かっこいいんだよ」
にっこり笑う笑顔が見たいけど見れない。


アラタはみのりに彼氏がいることを知ってるんだろうか。
僕は一人深手を追い、アラタと顔を会わせるのも気まずく、かといって誰かにこのことを喋らないとぐるぐるしそうなので史郎君を探した。
ちくしょう、アラタと一緒にニヤニヤしながらエログッズ見てる。仕方ないのでひとまず店を出た。
向かいのゲームセンターでは、みのりが背の高いうねうねでボリューミーなホスト風の髪型をした男の人とUFOキャッチャーをしている。ああ、そういうタイプにいっちゃいましたか…。そうか、そうなんですかみのりさん。僕から見ればあんな髪型で誤摩化してるようなのより、アラタや史郎君の方がかっこいいのに。金か?金なのか?も、もしかしてもう、やることやっちゃったとか…うわっなんだこの落ち込みよう。やめやめ考えるの中止。
アラタの携帯に「ごめん、先に帰る」とだけメールして、電車に乗った。
女って、男ができると変わるんだな。ガタゴトゆられながら世界の仕組みの一つを実感した気になって、少し興奮した。
アラタから返信は無い。




クローゼットの奥から見つけたバーバリーのトレンチコートに、ユニクロのパーカーのフードを取り付けている姿を見て、息子の服にかける情熱を実感したようだ。
「なーんか男の子が服に気を使うのって見ててヤだし、お金かかるから気に食わなかったんだけど、ここまでとはね〜。認めるしかないわ」
「リメイクするから手伝え」というので久しぶりにアラタの家に行きわあわあ騒ぎながら作っていると、お母さんが仕事から帰って来た。
「あんたの父さんもそうだったのよ。お金にならなそーなことにばっかり熱中してさ。やっぱ親子ね〜。あ〜も〜これからどんどん私の言う事聞かなくなるのかしらっ!今からでもカイちゃんと交換したいっ」
アラタは早くに父を亡くしている。必死に育ててくれているお母さんには頭が上がらない。とはいえ思春期。
「うっせーな、続き、カイん家でする。」
僕の前でもめったにぶっきらぼうになることはない。これがアラタなりの甘え方だと母は知っている。
「ちゃんと挨拶すんのよ」
無視して家を出て、僕の家につくまで黙ってた。
「おじゃましまーす」
言うんじゃん。
パーカー付きトレンチは、体に合わせて袖や裾をつめて、一週間で完成した。
春先までそのトレンチは活躍し、僕たちは受験生になった。
史郎君とは別れ、アラタとは幼稚園から通算6回目のクラスメイトになった。


4月から通いはじめた塾の帰り、電車で泣いているみのりをみかけた。
隣にはみのりと同じ制服を着た女の子が座っていて、なぐさめてるみたいだった。