4

中学二年のとき、東京から転校生がやってきた。


東京に一度も行った事ない人がほとんどな僕たちの住む地方都市で、彼は一目おかれた。すっきりした小綺麗な顔をしていて、みんなと同じ制服を着てるのに彼だけなぜか洗練された雰囲気が出ているのもその一因。
転校してきた直後の席が近かったので話すようになった彼のことは、なんとなく呼び捨てにできなくて史郎君と呼んだ。
「史郎君は、東京では部活なにしてたの?」
「…帰宅部。…この中学って全員部活入んないといけないんだよね?」
僕はサッカー部を薦めたけど、史郎君はギターを趣味でやっていたのでバンドを組むため軽音部に入った。
東京出身の彼を巡る争奪戦の末、凛として時雨ポリシックスコピーバンドのギターボーカルにおさまった。


二年になって別のクラスになったアラタは、時々部活を休む。
聞くと、古着屋巡りをしてるらしい。今度は服に目覚めたのだ。数軒だけど古着屋が並ぶ繁華街にはみのりの通う学校がある。
僕が部活から家に帰る時間に、アラタとみのりが一緒にいるところに鉢合わせしたことがある。
きっとアラタの恋が実ったんだ。邪魔しちゃいけないと挨拶もそこそこに家に入る。僕も誰かと待ち合わせして一緒に帰ったりしたい。


文化祭の季節、音楽室で開催された軽音ライブで史郎君のバンドをアラタと一緒に見た。
声変わり前のハイトーンボイスがいい感じに生かされてて、個人的には史郎君達のあとにやったミスチルコピーとオリジナルソングの3年生のバンドよりかっこいいと思った。アラタも同じ意見で、ライブ終了後、史郎君に声をかけた。
「すげーかっこよかった!!なんでそんなかっこよくできんの?」
「…照れるからやめてくれる…」
史郎君でもアラタの真っすぐさは恥ずかしいんだな。そんなに一緒にいるわけじゃないけど赤くなってる姿は初めて見た。
しばらく廊下で話し込み、CDの貸し借りをする約束をして史郎君と別れた。
「なんか俺も楽器はじめよっかな〜。やんなら今じゃね?」
「楽器買う金ないよ」
「そーだけどさ、やりてーなーとか、架空の話で盛り上がんのが楽しいんじゃんっ」
「じゃー俺ドラム。」
「しぶいな。前出たくない?」
「後ろで支えてるくらいが落ち着くんだよ。リズム感ないけど」
「お前らしいわ。俺ならギターボーカルだな」
「アラタ、振りとかつけそう」
「まあ、つけるわな。つけねーよ。」


史郎君とCDの貸し借りをするうちに、休みの日に出かける程度の仲になった。
数年後東京の大学に通う事になる僕は、東京出身だからってみんながみんなセンスがいいとは限らないと知るのだけど、当時は東京から来ただけあって史郎君は服のセンスがいいんだなと思った。
コピーするバンドだったり服の趣味だったり、史郎君の趣味は独特で、言い方はださいけど僕たちのファッションリーダーとして影響を及ぼしてくれた。


午前中に部活が終わった日曜、史郎君と僕とアラタの三人で街へ出た。
一件しかないフランチャイズの牛丼屋でカッ食ったあと、古着屋をめぐったりCD屋で視聴したり、ぶらぶらと遊んでいた。
ヴィレッジヴァンガードからごっそりと本を抜き取ったような雑貨屋に入りめいめい気になるコーナーに別れ、僕はデイバックを手に取りいちいち値段を確認することに専念していたら、女の子に声をかけられた。
「カイ!久しぶり」
「あ、みのり…。」
僕は猛烈に照れた。小学校を卒業して以来ほとんど会ってなかった。慣れ親しんだ幼なじみだというのに急に目の前に出てこられては喋る事が浮かばない。
「ア、アラタなら向こうにいるよ」
みのりは一瞬きょとんとしたあと、少し納得したような顔になって
「やっぱ勘違いしてる。アラタとは付き合ってないよ。たまたま駅とかで会って、一緒に帰ったりしてるだけで…私、高校生の彼氏いるし。」
痛恨の一撃。手を使わなくても深手をおわせるだなんて、魔法使いか。だれかベホマをかけてくれ。

3

みのりが数駅先の私立の女子校に進学したことは、春休み中に母から聞いた。


そしてもう一つ、母から聞いた話。
小学校の卒業式の直後、アラタがみのりに告白をしたらしいのだ。
…アラタがみのりのことを好きだなんて全然気づかなかった。
「みのりの事、好きだったんだ?」
中学の入学式の帰り道、かなり緊張しながら聞いてみた。
下ネタは言いあっても、好きな女の芸能人、ましては好きな子の話なんて僕が気恥ずかしくて実は一度もしたこと無かった。
「おかんか。ったく、すぐバレるなー。まあいいけど。
みのりの事は、好きだよ、ずっと。」
「付き合う…?」
「や、フラれた。」
「へー」
「…お前、あんまそういう話しねえから、なんか興味無いんかなと思って言ってなかったんだよね。
…付き合うってなったら言おうとは思ってたんだけど。…フラれたし。」
好きな子はクラスが変わるごとにいたけど、意識したとたん話す事も出来なかった。
付き合うために本人に好きだと告白するなんて、大人になってからするもんだと思ってた。
「なんだよ、好きな女子ぐらいいんだろ、お前だってさ。俺ばっか喋ってんのなんかずりー。誰好きなの、言えよ」
焦燥感で少し不機嫌になった僕は答えなかった。
アラタはフラれてもみのりの事が好きだと言った。
「フラれた理由聞いてねーし。あきらめらんねーよ。」
なんか、すごく大人っぽい。次のステージ行っちゃってる。
「それより、カイは部活なに入んの?俺とりあえずサッカー部見学しにいくけど。やっぱ2〜3年の先輩とか怖いんかな〜」
「どうだろ…ちょっと考える」


少年サッカーのチームメイトのほとんどが中学でもサッカー部に入ったので、僕も入る事にした。
先輩達も結構ゆるい、というか、勝利を掴み取ることよりただ楽しみましょう、って感じで厳しく無さそうだったのが決め手だ。僕は漫画を読んだりテレビを見たりだらだらしたり宿題したりするのに忙しい。
アラタは部の方針に初めはちょっと不満だったらしいけど、部室で下らない話をダベったり、不良ぶってタバコをみんなで吸ったりビールを家からくすねて回し飲みしたりと、それはそれで中学生にしかできない背伸びが面白くなったようだ。


部活がミーティングのみで終わった日、可愛がってもらっている部活の先輩達と繁華街の駅のホームに降り立つと、反対側のホームに私立女子中学の制服を着た女の子達の集団がいた。
「あ、あのこ、かわいくね?」
「どの子どの子?」
「ほらあの鞄にピンクのクマつけてる、肩くらいの髪の」
みのりだった。
中学に入りお互い生活の時間帯がズレてあんまり会ってなかっ彼女は、僕たちの知らない女の子グループの中にいて、知らない人みたいに輝いてた。
「…みのりだね」
アラタに声をかけた。
「うん」
「そういや最近あんまり会ってなかったね」
「かわいくなってる」
僕も思った。思ってても、そういう風に言えるってすごい。
「なんだお前等の知り合い?紹介しろよ〜」
「すいません。俺、あいつのこと好きなんで紹介できません。ライバル増やしたく無いんです」
急に後輩に真剣なテンションでそんなこと言われると、引く。
相変わらずアラタは思う通りに生きている。

小学校低学年の頃の僕にアダ名はなかった。


アラタやみのりとは相変わらず家に行き来したり遊んでた記憶はおぼろげにあるが、中学年になる頃からみのりは女の子グループでつるみだし、僕らと家の前で会ったとしても目も合わせてもくれなくなった。
みのりの態度の急変にはかなり戸惑ったけど、アラタと僕の二人で入った同時に入った少年サッカークラブで新しい友達が出来たりサッカーに夢中になるにつれ気にならなくなっていった。
アラタは熱中するとどっぷりつかるタイプらしく高学年になる頃にはしっかりレギュラーに定着していた。
僕は家で本や漫画を読んだりゲームをしたり宿題をしたりテレビを見たりだらだら過ごしたり、他のことで忙しかったんで最後の試合の後半15分に思い出として出場した以外、チームに貢献したことはなかった。
勉強はそこそこ出来てもスポーツがダメなやつはクラスでのヒエラルキーでは下の方になってしまうので、小学6年の春、DQNな性格が現れはじめた星羅(せいら)や綺羅梨(きらり)達に幼稚園以来のあだ名をいただくこととなった。
今度のあだ名はちょっとひどい。
かいじゅかいじゅかいじゅかいじゅかいじゅかいじゅかいじゅ…
お気づきだろうか?
連呼すると「じゅかい」になるのだ。
あの日本一有名な自殺の名所…。
僕のあだ名は「自殺の名所」になってしまった。
ついでにドラクエに出てくるアイテム「せ“かいじゅ”のは」に由来し、大人の歯に生え変わってない僕の歯は「伝説の復活アイテムだ!」なんて設定がつき、歯が抜けた次の日には星羅に献上するハメになった。
でもいじめられっこの奥歯の歯なんてプレミアのつかないものが重宝がられるはずもなく、教室でしばらくもてあそばれた後、給食の時間にはばっちいモノとしてクラス中でたらい回しされていた。
そして「せかいじゅのは」もとい「自殺の名所の抜けた歯」はアラタの机の上にも投げ込まれた。
「あー、俺、このノリちょっとついてけないわ。ほい、海寿。返す。」
そうして戻って来た乳歯は、その日の夜には僕の家の屋根に向って投げられた。


スポーツができて人当たりも普通で勉強も顔も中の上という小学生ライフを過ごすにはちょうどいい立ち位置、かつ女子には微妙に避けられてるので嫉妬の対象にもならなかったアラタはその一件で本人の自覚もないまま治外法権的地位を確立した。
小学六年の三学期、ほとんどのクラスメイトが同学区の中学に行くとはいえ人間関係の一つのクライマックスが近づき、テンションの上がった女子のアラタに対する態度が変わりバレンタインチョコをいくつかもらうようになっても星羅や綺羅梨達とも普通に話し、少年サッカークラブを終えた僕とは林の中で基地作りに燃えたりしていた。
みのりは、女子の空気の流れに乗ったのか、数年ぶりに僕らにチョコをくれた。
僕は少し女の子らしくなったみのりと喋るのが気恥ずかしくてぶっきらぼうにしていたけれど、アラタはそれ以来普通に話しかけ、みのりもぎこちない返事を返していた。
みのりが家の前で会っても挨拶してくれるようになった頃、僕たちは小学校を卒業し、中学生になった。



この話の主人公は僕ではない。




だから、僕のことを好きになってくれても嫌ってくれても物語にさしさわりはない。
僕はずっと傍観者だった。
でも主人公になりたいかと言われれば、悪いけどごめんだ。
ヒーローのアラタならともかく、ヒロインのみのりはひたすらに被害者で、ジョーカーの史郎君は史郎君でずっと深く悩んでて大変だったと思う。




僕が主人公にはなりたくないと思ったそもそものきっかけは、なんといっても僕の名前。
「海寿」
一発で読んでくれた先生はいない。「かいじゅ」と読む。
いまから話す物語に出てくる登場人物の中では一番派手な名前。
往々にして、少し変わった名前をした子供の親は平凡な名前で平凡な人生を送っている幸せな人間だ。幸せからくる鈍感さで子供には特別な人生を歩んでほしい、なんて願って子供に変わった名前をつける。
両親がこの名前にした経緯について、ある程度理解できるから別段恨んではいない。
でも小さな頃は結構辛かった。


ガチャピンが「かいじゅうの子供」って設定なことはご存知だろうか。ちなみに5歳。
僕が5歳のころ、僕の眠たそうな二重と名前があいまって幼稚園に行くと「かいじゅうがきたぞー!」なんて言われていじめられた。
そのいじめてくるガキの名前が「星羅(せいら)」だったり「綺羅梨(きらり)」だったり「来夢(らいむ)」だったりなのだが幼稚園じゃ名札はひらがな。
やつらは自分の事を棚に上げたりなんてしないで、素直に「かいじゅ」を怪獣に見立て積み木を投げたり、背中に鼻くそをつけたりと色んな手でかいじゅうを退治していた。
一方、その頃のみのりはとっても愛らしい幼女で、年長さんにかわいがられ「かわいいコをあつめる」なんて言って、園にあったカラータイヤの輪の中や砂場の穴の中に他の愛らしい幼児たちと供にコレクションされていた。
一応、年長さん達の行動に悪意は無いらしい。


そんな僕らを救い出し、助けてくれたのがアラタだ。
正義感ではなく、特になにも考えてなかったあの頃のアラタは、常になにかしらの衝動に突き動かされ思うがままに行動してたんだと思う。
というか、家が近所だった顔見知りの僕らを「遊び相手」としてやたらに強く認識していて、ゲームや冒険の参加者として強引に招集するその行為が結果、僕らの救いとなっていた。


ある日、そうやって集められた僕とみのりとアラタの三人でジャングルジムに登って鬼ごっこをしていた。
三人とも熱中した大好きな遊びで、特に運動神経の良かったアラタは一番燃えていた。
オニになってさらに熱狂したアラタが僕たちを追いかけ回し、ちょこまかと逃げ回るみのりにめいいっぱいタッチ、した、その瞬間、みのりがジャングルジムから落っこちてしまった。
びゃーびゃー泣いて、額から流れる血と涙で顔をぐちゃぐちゃにしたみのりに先生が駆け寄り、呆然とするアラタを叱り、みのりのお母さんを呼んだ。
愛らしい我が子のおでこに傷が付いてることに動転した『いつも優しいみのりちゃんママ』は、アラタに気を使う余裕も無く病院へ。
あのときの、お友達に怪我をさせたショックと、保母さんがピリピリし大変なことになってしまった雰囲気に所在無さげにしていたアラタの心細そうな顔を今でも覚えている。


結局おでこの傷は目立たない程度に治って、サバサバしたアラタくんママの丁寧な詫びと菓子折りで、その後も僕たちは仲良く遊んだ。
ただ園でジャングルジム鬼ごっこは中止になり、アラタは女の子グループから乱暴なガキ大将として敬遠されるようになった。
そしてその敬遠は持ち上がりで通った小学校低学年の頃まで続いた。

おはようこんにちわこんばんわ

aityです。
夢で見た話や妄想を、4年前にとったサブアカウントに書き留めてみようかと思い立ちました。


元ネタと話の大筋は夢で見た話ですが、細かいところや話の整合性のため創作している部分もあります…が、どちらにしろ寝言です。
つたない文章ですが楽しんで頂ければ幸いです。