科学の子

この世界は年末。
今朝ニュースで、ある企業が人工知能を搭載した飛行機を開発し、今日は湾岸の方にある飛行場で初の一般公開と同時にお客を乗せて国内を移動するというイベントがあるとアナウンサーが言っていた。
その飛行機は13歳の人間の知能が設定されていてその御陰で大変安全性が高く、これまでの何度かのテスト飛行をパスしていく模様は、その度ニュースで報道されていたので国民の注目度もそこそこ高い。
CMもばんばんやってたし、クイズ番組でもしょっちゅうその飛行機についてなにかしら出題されていた。
今日の一般公開イベントも混んでるんだろうな。
帰ってからニュースをチェックしよう。


日曜の新宿で会社の後輩と落ち合い、ハンバーガーを食べに行く事になった。
マックと、ジャーナルスタンダードの上にある1000円以上するけどお肉がおいしいハンバーガー屋どちらに行くか迷った。
新宿南口GAP前で迷ってたら後輩が「早くしろ」みたいな顔をするのでジャーナルスタンダードの方向に進みだす。まだ迷ってるけど。だって高いじゃん。おごらないけど。
まだ心は決まってないが、ジャーナルスタンダードの前まで来てしまったので、これはもう行くしか無い。
階段を上がり、店内に入り、注文し、ハンバーガーを食べる。
ああ、アルタ裏の野菜を使ったヘルシーなハンバーグ屋でも良かったかもしれない。
塩気がちょうど良くて満足する。ポテトも好みの味だ。
後輩とそこで、レオポンの話をした。ヒョウとライオンを人工交配した一代雑種で、レオポン同士を交尾させても子孫はできない。昔日本でも実験的に作られたやつ。
甲子園にいた個体の名前が「レオ吉」「ポン子」というまぬけな名前が笑える。
今は科博に剥製があるらしい。
「でも、客寄せの為の人工交配は倫理的にアウトだよね。」
さらに子孫を残せないなんて儚い。


所沢に用事があるので、西武新宿線急行本川越行きに乗る。
日曜の昼間の下り電車はすいていてのんびりしていて平和な空気が流れる。
気持ちよくてうとうとしていると途中の東伏見で電車が緊急停止する。
『お急ぎのみなさま、大変申し訳ございません。現在航空公園駅人工知能搭載飛行機の事故が起きたとの連絡があり、しばらく運転を見合わせます。なを、バスで振替輸送を行いますので、お急ぎのみなさまはそちらにお乗り換えできます。詳しくは駅係員にお尋ねください。』
事故。今日はお客さんが乗ってるんじゃなかったっけ?死んだのかな…。
「所沢に行かなきゃいけないから、バスに乗り換えましょう。」
「うん」
ちょっと怖いけど、用事があるんだから行かないと。
改札を出て駅員に乗り換え証明書を貰い駅前ロータリーに停車していたバスに乗り、所沢で降ろされると、人々が逃げ回り騒然としていた。
『隣駅の航空公園駅で飛行機が旋回している。』
周りの人々の話や携帯のニュース、その他警察の人の話によると、人工知能を持った飛行機で航空局からの指令を無視し、暴れ回っているのだそうだ。
縦横無尽にぐるぐると旋回しているのがここからも見える。中に人、いるんだよな…。
遠いので大きな鳥が旋回しているようにも見える。
しばらくすると、こちらの方へ飛行機が向って来た。
走って大きなビルの影にかくれる。後輩とはいつの間にははぐれた。きっとあの子のことだからうまく逃げたんだろう。私を置いて。


人工知能搭載飛行機は所沢上空で暴れ回る。
動き方が言う事をきかないわがままな子供のようだ。ダダをこねているみたい。
見つかったら殺される。なんだかそんな気がした。航空公園駅で、人的被害は出たんだろうか?わからないけれど、あれは私たちの敵な気がする。
「こっちが安全だぞ!」
そう言う声が聞こえたので、建物の壁の向こう側に進もうとすると、人が倒れている。飛行機に殺された?ともかく、そっちに行くと死ぬから行けない。
外にいるのはこころもとない。ただ高い建物と建物の間だから飛行機は通れない筈。
建物の壁に背中をできるだけぴったりつけ、手は少し広げる。壁と同化しているかのように。
私の周りには今何人かいて、みんな不安な顔をしている。これ以上の逃げ場が無くて、動けない。
上空に大きな音が響き地鳴りがする。飛行機が通り過ぎて行く。向こうへ行った、良かった、と思ってしばらく安心していると、建物と建物の間を機体を縦にしてすり抜けようとしてきた。
機体には傷がついて破損している箇所がある。


飛行機と、目が合った。
「あ、これ、生き物だ」
咄嗟に悟った。
「これは私たちとは違う生き物だ、生きている」
飛行機はやりどころの無い怒りを宿した陰鬱で異様な目つきで私を睨みつけ、通り過ぎて行く。
レオポンだ。
一代雑種で、交尾をしても子孫を残せない。いや、そもそも飛行機だから交尾とかないし…。
飛行機は、自分の運命に反抗し、中に人を乗せて、街を破壊する。
己を見せつけ、作り出した人間に仕返しをするかのように。


おわり